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教員News(No.24)

作業療法学専攻
理論と実践,そして人の想い(高木 大輔)

 先日,本専攻の4年生から自分たちで製作した卒業アルバムをいただきました.私が本学に赴任してから数えて11冊目の卒業アルバムです.現在は大学教員ですがベースは作業療法士なので,学生教育に関しても病院や施設で実践されている現場感覚を私自身大切にしながら学生に伝えることが重要であると考えています.今回は私が時々お邪魔している高齢者施設での出来事を紹介したいと思います.

 その入所者さんは神経の病気によって全身の筋力が衰えていっているため,最近になって箸を使いご飯を自分で食べるのが難しくなってきました.施設の職員さんやご家族も心配して私に相談をしてきたのです.からだの状態を拝見させていただいた結果,手の関節を動かす練習や筋力を高める練習をすることが必要だったのですが,病気の進行の速さや年齢が高いこと,練習に対する意欲の問題もあり容易ではありませんでした.こういう場合は,からだの動きを補うような道具(自助具と言います)をまずは使って,ご飯を自分で食べられるように手助けをする方法があります.食事に対する自助具にはさまざまな種類があるのですが,箸の使用を希望される場合には箸がピンセットのようにつながっている自助具を用いるのが一般的です.私は研究室にある何種類かの自助具を持ってその入所者さんのところを訪ねて,実際に使ってもらうことにしました.あらかじめからだの状態を把握していましたので,ピンセット型の箸であれば普通の箸よりも持ちやすく,楽に食事が摂れると見込んでいました.実際その方はピンセット型の箸を持ってそれなりに使えそうだったのですが,表情があまり冴えません.色々お伺いすると「その自助具をあまり使いたくない」ということが分かりました.「ピンセットのような妙な形をした道具でご飯を食べるぐらいなら,スプーンで食べるほうがいい」と言うことなのかも知れません.(せっかく持ってきた)この自助具があれば力がない手でも箸が使えるのに,と一瞬思ってしまいました.この時点で,入所者さんと私の「想い」の間にすれ違いが生じてしまったのです.

 私は教員として学生に「まず基本的なことをしっかりと学習することが重要である」と伝えている一方で,「教科書どおりの患者さん(対象者さん?利用者さん)などはいない」ということも話しています.ところが,自分自身が教科書どおりの対応をしてしまい,まして本人の考えや価値観を結果として軽視してしまいました.人というものは手段を問わず日常の動作ができればそれでよいということはなく,その人らしさやある種のこだわりも大切にしているのだと改めて思い知らされました.大学の研究室でパソコンとばかりにらめっこをしていると,頭では分かっているつもりでも知らないうちに薄れてゆく現場感覚には注意をしなければなりません.作業療法学は机上の理論と現場での実践,そして作業療法を必要としている人々それぞれの想いで成り立っているものなのだと思います.

ちなみに,この入所者さんはその後,手の動きと箸の形状を検討した結果,太目の箸を使えば自助具を使わなくてもご飯が食べられることが分かり一件落着しました.